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コラム 8 「9.11」 2004/9/11 今日は 9.11 「あの日」からもう3年経った。 おそらく、普通に日本で暮らしているみんなは、よっぽど多感な人で無い限り、東京タワーでも、通天閣でもないビルに飛行機が突っ込み、建物が崩壊する映像を見ても、「うわぁ、すげぇ事になってるな。」程度の感想しか持たなかったと思う。 人間なんてそんなもんだろう。 綺麗事を並べるニュースキャスターの言う事に神妙な顔で頷いていても、30分後のバラエティ番組を見ながら馬鹿笑いをしてしまう。そんなもんだ。 今日公開のサスペンス映画のCMに意味ありげに「9.11」の数字をあえて強調して使用する。資本主義社会にデリカシーは無い。一見デリカシーがあるように装うメディア(主にテレビだが)もあるが、あるのは「スポンサーへの配慮」だけだ。「人への配慮」ではない。 因みにマイケル・ムーアについては、虎の穴で井筒さんがボロクソに言ってくれたので、もう何も言う事は無い。(コラム7参照) で、実は俺にとって「あの日」は、上に書いた様な「他の国の他人事」ではなかった。 3年前、当時勤めていた会社(今は違う)の仕事で、9月6日までニューヨーク、9月9日までロスにいた。帰国して2日後、居ない間にたまっていた仕事のため帰りが遅くなり、最初に知ったのは帰りの車内のラジオだった。 ラジオだけの情報では、状況がよくのみ込めず、正直「なんか大変そうだなぁ」位にしか思っていなかったのだが、家に帰ってテレビをつけて飛び込んできた映像を見て、言葉を失った。「背筋が凍る思い」というのはこういう時に使うんだ。と、身をもって実感した。 事件そのものについては、既にいろいろな所で議論し尽くされているので、いまさら特にコメントする気は無い。政治、宗教、人種、資源、その他いろいろな問題が複雑に入り組んでいる21世紀の世界最大の問題「テロリズム」についてとてもじゃないがこのスペースで語りつくす事は不可能だし、ハッキリ言って俺も答えなんて判らない。 先日のロシアの事件や、9.11の様ないわゆる「無差別テロ」については全くの無宗教の俺は強い不快感を感じる。ただ、もしプーチンやブッシュ、ホワイトハウスを直接狙ったものだったら、俺はそれほど強い感情を抱かなかったと思う。 こんな事を書くと、左だ何だと言われそうだが、テロ行為自体が良いか悪いかは別にして、どんなテロにも理由はある。例えば仕事をしている人であれば、誰だってぶん殴ってやりたい上司やムカツク取引先の1人や2人はいるだろう。この資本主義世界、資本(軍事)力の違いによって不条理に不当な扱いを受ける事はよくある。当たり前だが、イヤミを言われたり、嫌な仕事を押し付けられたりする事の比ではない。 自分の生まれ育った土地に油田があったり、肌の色がアメリカ人と違っていたり、信じている宗教がイスラム教だったり、その程度の理由(もちろんそれだけじゃないが、普通に暮らしている一般市民の感覚で言えばそんなもんだろう)で自分の親兄弟や恋人を殺された人間の気持ちなんて、実際に体験しない限り理解できる訳が無い。普通に、そこそこ平和に暮らしている俺達には爆弾抱えて突っ込む人間の気持ちなんてわかるはずも無い。 ただ、言える事は爆弾抱えて突っ込む覚悟を決められるほどの「何か」、もう失う物など何も残っていないほどに失ってしまった人達、が存在する限りテロは無くならない。 一言言わせろ >>> BBS へ |
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